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 会社にも大分慣れてきたある日の出来事だった。
 いつものように出社したオレだったが、世話役をしてくれる梢さんの姿がなかった。
「ああ、若様。おはようございます。出社なされたんですね」
 梢さんの同僚であり、親父の秘書の一人である桔梗さんが慌てた様子でオレの元へ駆け寄ってきた。
 朝見ても男性なのに艶のある人だ、などとぼんやり考えているオレの耳に、次の瞬間とんでもない言葉が届いた。
「梢のことですが、今日から数日間、出張に出かけていません」
「…へ?」
 あまりに突然で急な言葉に、声が裏返ってしまった。
「えっ、でも昨日までは何の前触れもなかったけど?」
「はい、実はお恥ずかしい話なのですが、少々現地でトラブルが起こりまして、急遽梢が行くことになったんです」
 親父の片腕とも言える梢さんがわざわざ出向くほどのトラブル…。
 オレは思い当たることがあり、思わず目を細めた。
「それって【夜】の?」
「…ええ、まあ」
 【夜】とはウチの会社の隠語で、いわゆる夜の相手のことだ。
 桔梗さんが固まった笑みを浮かべるところを見ると、多分、地位や権力や名誉のある人物が、ウチの会社に何か言って来たんだろう。…【夜】絡みで。
「はぁ~。…親父は何て言ってるんだ?」
「キツイお言葉ですが、梢の担当する範囲の中でのトラブルですから、全てを終えるまでは会社に帰って来るなとのことです」
 確かに言葉はキツイが、担当者としては責任を果たさなくてはならないだろう。
 オレはこの会社の跡継ぎだが、口を出してはいけない部分があることは分かっていた。
 いくら『性』を主に扱うからと言っても、ウチは会社だ。個人的な意見を通すワケにはいかない。
「-で? その間、オレは何をすれば良いんだ?」
「それが少々問題でして…。社長は幹部達との年末会議について、忙しくて手が離せないそうです。我ら秘書達も少々立て込んでいまして…」
「梢さん、一人でオレの世話役をしてたからなぁ」
 時には他の秘書とのやり取りもあるが、オレの仕事の8割方は梢さんがいなければ成り立たない。
「もし邪魔なら、梢さんが戻ってくるまで休んでいてもいいぞ?」
 役に立たないのは分かっていた。無駄に会社にいるよりも、自宅待機していた方が良いだろうと思った。
「いえ、念の為にこういう時に備えての用意と準備はしてありますから」
 何か雑用でもあるのだろうか?
「若様には私の管理部で、お勉強をなさってもらいます」

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